童謡を擬人化する企画

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あかとんぼ

作詞:三木露風

作曲:山田耕筰

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擬人化・作者コメント

赤とんぼの歌詞を、幼いころのおぼろげな記憶を目を閉じて思い出す姿で表しました。
赤とんぼに起因して思い出される記憶はどれも懐かしく切ない胸の痛みを伴いますが、瞑目して今はもう遠い場所に思いを馳せます。
夕日を透かした瞼の裏に見えるのは真赤に光る眩しさでした。

ncls

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あかとんぼ擬人化

かごめかごめ

作詞:多数説アリ(不明)

作曲:多数説アリ(不明)

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擬人化・作者コメント

「かごのなかのとり」が遊女である説とそのまま鳥を指す説をメインに日本独特の背筋が寒くなるような解釈の雰囲気を擬人化。
着物風の衣装の袖と腰回りをボサボサ感を出して鳥をイメージ。
花魁の象徴ともいえる前結びの帯はあえて絵柄とつけずにイメージのはっきりしないものに。背景の色を目立たせる為です。
白の柵は籠、囲いのイメージ。簡素にしたのは解釈云々以前に私自身が小さいころからこの曲に感じていた不快感や恐怖感が明確ではなかったから。
背景の赤色は日本のホラーでおなじみの色。
吐き気がするほどに鮮やかな赤色は血はもちろん、彼岸花やひいては牡丹すら彷彿とさせるのは私だけでしょうか。
「赤」と「少女」は数多くの怪談でも取り上げられているモチーフではないでしょうか。ぞっとします。

桜梓

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かごめかごめ擬人化

ちょうちょ

原曲:ドイツ童謡

作詞:野村秋足/稲垣千頴

作曲:弘田龍太郎

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擬人化・作者コメント

童謡「ちょうちょう」にでてくるのは蝶と菜の花(菜の葉)と桜なのでそれらを擬人化しました。
もともと西洋の曲に別の歌詞を当てて作られたものだったり、実は4番まであって蝶とは関係ない動物が出てきたりするのですが、とりあえず一般的に知られているちょうちょうとして描きました。
蝶はモンシロチョウをモチーフにしています。
曲のタイトルにもなっているので、主役として菜の花と桜とは頭身を別に描きました。
他の二人とは若干デザインがファンタジーな雰囲気になっていますが、それは蝶自体が幻想的というか、昔からの言い伝えやら象徴やらと不思議なものを持っているからという感じです。

他の二人は、明るく元気な菜の花と日本の花の桜。
花言葉は菜の花が活発で、桜が優美な女性です。

歌には「菜の葉に飽(あ)いたら桜に止まれ」とありますが、わたしとしては3人一緒に遊んでいるイメージです。

アマネツユ

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ちょうちょ擬人化1

ちょうちょ擬人化2

ずいずいずっころばし

作詞:不明

作曲:不明

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擬人化・作者コメント

このデザインの大きな特徴は、お茶碗(にみえてくれるといいなぁ・・・)なんですが、これは、童謡の最後の『お茶碗欠いたのだぁれ』というのから、イメージを形にしました。
さらに、(諸説ありますが)この動揺が、将軍から徴兵されるのを避ける様子を歌にした、ということから、徴兵を恨むようなイメージでデザインしました。(妖怪臭くなってますが・・・)
もう少しみすぼらしくした方がいいのかなぁ・・・と思いましたが、この感じに落ち着きました。

itinen

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ずいずいずっころばし擬人化

雀の学校

作詞:清水かつら

作曲:弘田龍太郎

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擬人化・作者コメント

雀の学校は戦前に出来た曲で、今回は「エロ、グロ、ナンセンス」が社会風潮だった1920年代の服(スカートはタンポポをイメージしました)と権力的な指導をする傾向があった教育方法(でも、個人的に歌うことは楽しいから頑張る)を元に制作させていただきました。

あま鴉

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雀の学校擬人化

大きな古時計

原曲:ヘンリ・クレイ・ワーク

訳詞:保富康午

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擬人化・作者コメント

大きな古時計は、もともとアメリカのポピュラー音楽の一つとしてあったもので、親しまれていました。
そんな曲が日本にきたのは昭和頃で、「みんなのうた」(NHK)で配信されました。
当時は大きな反響があり、その優しい詞と曲調に人気と支持が出ました。
その後も様々な人にカバーされて近年有名になり、付加価値として歌詞に対する様々な考察が出現し、現在もなお考察され続けています。
その中で、「時計はおじいさんの心臓」という考察がありました。確かにそのように考える事もできると私は思いましたが、今回は純粋に曲を受取り考えて見ました。
この絵にかかれているのは2人の老人ですが、裏に立つのが実質、この曲の擬人化である「古時計」です。
古時計は歌詞を読んでいくと、おじいさんと寄り添い相棒のような存在で見守っていたというのが伝わってきます。
なので、私は古時計がおじいさんを支える執事(バトラー)のように受け取り、このようになりました。
一緒に時を過ごし、最後は主の死と共にお暇するその律儀で勤勉、だけど寂しげな雰囲気を出す「古時計」。
私はこの曲の純粋な意味を尊重し、このようになりました。

Daigon

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大きな古時計擬人化